墓碑銘

 

 

モノクロの冷たい石の林の中、灰色の小さな人影が一つ。

いや、元は灰色ではなかったのかもしれない。風と共に、人影のまとう衣と同色の灰が舞い上がった。

 

――――――果たして、彼はいつからそこにいたのだろう?

そして、それからどのくらいたったのだろうか。

「ねえ、こんな所で何をしているの?」

 

死が関わる場所特有の静寂の中、ふと柔らかい声がひびいた。人影は、ゆっくり振り返る。

 

振り返った先にいたのは、優しげな、そして少し淋しげな女性だった。墓地にふさわしく黒いワンピースに身を包み、淡い黄でまとめられた花束を抱えていた。

返事を待つように少し首をかしげた女性に、人影は一瞬だけ微笑んで、言った。

 

 

「墓碑銘を、考えているんです。」

此処が墓地でなければ周りの音にかき消されてしまったかもしれない。それほど透明な声で、人影――小柄な少年は答えた。

 

まだせいぜい十代前半であろう少年の、あまりに年に似合わぬ―――と、彼女には感じられた―――発言に、女性は目を見開いた。

 

 

「どうして・・・?いったい、誰の?」

「僕のです。」

 

笑いながら答えた少年に、彼女は今度こそ絶句した。

少年の前には、小さな正方形の石碑。なるほど、そこには何も刻まれていない。

 

「そんな、あなたみたいな若い子が・・・今から死ぬことを考えて、どうするの?
 っだめ、・・・駄目よ、そんな縁起でもない!
 子供(あなた)には未来があるんだから!!」

 

辛そうに顔をゆがめた女性が、少し怒ったように言う。淡黄の花束がささげられるべき人と、何か関係があったのかもしれない。

それでも少年は笑みをいっそう儚くさせただけで、独り言のように呟いた。

 

 

「僕は、今日限りで死んじゃうから。」

 

 

「っ!そんなこと、どうして分かるっていうの・・・!?」

搾り出すように叫んでから、女性ははっとした。

彼の中に、死に対する恐怖と寂しさと確信を確かに感じたから。

 

 

この少年は、確かに自分が今日死んでしまうということを知っている――――・・・

 

 

そして、それはたぶん真実なのだ。

 

パサッ、と、花束が女性の手から落ちた。

苦笑して、少年がそれを拾い上げる。

 

「綺麗な花ですね。・・・そうだ、ひとつ、お願いがあるんです。」

「・・・・・・・
 なぁに?
 私に、できることなら。」


震える手で花束を受け取り、しかし静かな声で女性は答えた。

再び女性の手元に戻った花束から、そして少年は小さな花を一本抜き取り、

 

 

 

「明日、僕のお墓の前にもこれを置いてくれる?」

 

 

 

今にも消えそうな微笑に、彼女はただ頷くしかなかった。

 

 








「―――― さて。
 
 じゃあ死ぬ前にもう一仕事しなくちゃ。」


一つ大きく伸びをすると、少年は彼女とは逆の方に向き直った。

 

「・・・墓碑銘は、どうするの?」

なんとなく、行かせてはならないような気がして、彼女はその小さな背に声をかけた。

「大丈夫。あと少しで思いつきそうな気がするんだ。」

表情はわからない。けれど、彼はやはり笑っているのだろう。明るい、さびしい、皮肉な、無邪気な。どうとでも取れる、どれとも言えない声だった。

紡ぐ言葉を思いつけない女性に、彼は、最後に振り返って言った。

 

 

「さよなら。できれば、当分会わないことを祈ってます。」

 

 

バサッ、という音とともに少年の背に黒い翼が現れる。

手にはいつの間にか不釣合いに大きい銀色の鎌。

目を見開く女性の前で、少年、の姿をした異形は、羽音とともに蒼空へ姿を消した。

 

そこで、彼女はようやく悟ったのだ。彼が自分の『死』が分かったわけを。

 

 

 

 

 

「―――死神も、死ぬのね。」

ポツリ、と呟かれた言葉は風と灰にまぎれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。淡い黄の小さな花束を抱えた女性の目の前には、小さな石碑。

そこには、こう刻まれていた。

 

『 DEATH is sleeping here. 

 ~『死』は、限りなく平等に訪れる。~ 』

 

 





END